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和食器 立杭焼 市野英一 網目 ぐい呑み
 立杭焼
 白丹波網目 ぐい呑み

   (木箱入り)
 
 
siー07

 本体価格 12,000円

◎カテゴリー  作家作品>市野英一
 ぐい呑み

 口径 7cmx6cm 
 高さ 5.5cm
 重さ 70g
 英一窯  市野英一作  手造り  手描き  陶器 
 
「市野英一」

 
1959年丹波立ち杭に生まれる。1982年大阪芸術大学卒業後、1984年英一窯開窯。
1990年第三十七回日本伝統工芸展入選。1995年第十三回日本陶芸展入選
兵庫県工芸美術展入賞(大賞)第四回日清食品現代陶芸(めん鉢)展入賞(大賞)。
1997年第十四回日本陶芸展入選、朝日陶芸展入選、第四十四回日本伝統工芸展入選。'
97焼き締め陶入選。2003年第二十回田部美術展入賞。
現在、日本工芸会正会員・兵庫県工芸美術作家協会会員。
 

「立杭焼」

瀬戸、常滑、信楽、備前、越前とともに日本六古窯の一つに数えられ
その発祥は平安時代末期から鎌倉時代のはじめといわれています。
桃山時代までは「穴窯」が使用されていましたが、慶長16年(1611)ごろ
朝鮮式半地上の「登り窯」が導入され同時期に取り入れられた
蹴りロクロ(日本では珍しい立杭独特の左回転ロクロ)
とともに伝統技術を今日に受け継いでいます。
当初は、壺や甕(かめ)・すり鉢などが主製品でしたが、江戸時代前期小堀遠州等の
指導により茶入・水指・茶碗など茶器類に多くの名器を生み
後期には篠山藩の保護育成により直作(なおさく)、一房(いちふさ)
花遊(かゆう)、一此(いちこの)等の名工が腕を競って丹波焼の名を高めました。
明治、大正、昭和と受け継がれた丹波焼は、太平洋戦争後の苦境を乗り越え
食器・花器等の民芸品を中心とした作品作りに精進しております。
名称については、穴窯時代は小野原焼、登り窯時代になってからは
「丹波焼」又は「立杭焼」と呼ばれてきましたが
昭和53年(1978)「丹波立杭焼」の名称で国の伝統的工芸品指定を受けております。
 

  このぐい呑みは赤土部釉に対し
白土部釉で製作されています。
(俗に言う白丹波)



黒土に白釉を塗り別けして
網目文様を施し
焼き上げています。
 
市野先生独自の
網目文様「ぐい呑み」です。
 



伝統を打ち破る
モダンな作風に仕上げています。
 

網目文の作品で大賞(日清・めん鉢大賞)をとられて以来
網目文は
市野英一先生のトレードマークになりました。
複雑な工程で制作される網目文の作品は網目文の変化が
ひとつひとつの違う作品を生み出しています。
 
  口当たりは少しざらついていますが
持ちやすさは抜群です。



ぜひ、お気に入りの逸品に!
 



「白丹波」

江戸後期には黒釉・飴釉が主となり
幕末には白土による「白丹波」と呼ばれる陶器がつくられます。

 


市野先生のサイン


同じ形状、網目文様は
二つとして出来ません。

網目文様は土が乾かないうちに網目の布を貼り付け
はがしその上から白い土を埋め込んで焼き上げます。
同じ文様は一つとしてありません。
 「白釉」

白土部ともいえる白土を水に溶かして作った白泥の釉薬で
江戸時代後期に使われはじめ化粧用のうわぐすりに用いられたほか
筒描きやイッチン描きによる文字や絵の白描きとしても使用されました。

 
お使いになったあとは長時間水に浸したままにせず、できるだけ早く洗ってください。
洗剤も吸ってしまいますので、薄目の洗剤か汚れの軽いものでしたら
お湯だけで洗ってください。洗った後は完全に乾かしてからおしまいください。
水分を持ったままですとカビの原因になります。
しまい込む場合は乾燥した天気の良いときに3日程度乾燥させると安心です。